夢を持つことと理想を追うこと

20180326_01
ボクには特に夢がない。

ただ、生きていきたいだけだ。

若いうちは夢を持たないと!

とか、

夢を持つことは素晴らしい

なんて良く聞くけど、正直違和感の方がデカい。

 

違和感を感じる理由の一つは、

夢を追う人と、追うようにけしかける人、それぞれ自分の欲を満たすことしか考えていない・・・

・・・ ように感じる場合がある

からだ。

 

例えば、今の日本(を含む先進国)でしか存在しないような物事や職業があったとして。

時代が違えば望む発想すら無かっただろう。

現代でも先進国に搾取されてる国では同様だ。

 

それって、ホントにいいことなんかな?

それでも、というキラキラワードで覆ってしまえば、みんな無条件に いいね してないかい?

 

もちろん夢の全てがそうだって訳じゃない。

むしろ、その夢の本質は本人にしか分からない。

自分を知り世界を知らないと気付けない。

言ってしまえば、若い子にはほぼ無理だ。

親を含めた社会が導いてやるのがホントは一番だと思う。

 

欲を満たすことは、奪い合いに似てる。

自分がいい思いをするためなら、誰かが嫌な思いをしても構わないってことだ。

こんな風に書くと、多くの人は

それはダメだよね

って言いそうな気がする。

でも、自分が間接的にそれをやってることに気付いてる人は・・・、

メッチャ少ないんでない?

 

今はまだ、社会の熟成度はその程度かもしれない。

 

そこで、もう一つのワード、

理想を追うこと

が出てくる。

 

ボクは理想を追うことをやめていない。

これからもやめないと思う。

ボクの言う理想は、社会全体が分かち合いに気づくことだ。

さっき言ったように、今はまだ熟成度が足りない。

 

でも、皆が気づき始めれば変わるかもしれない。

その希望は捨てない。

 

夢のくだりで奪い合いって書いたけど、それに相対するものとして分かち合いがあると思う。

この世は奪い合いだって思ってたら、争いは無くならない。

抑止力の考え方は基本、奪い合いだと思う。

相手を脅して自分が優位に立とうとしてるだけだからね。

相手が悪だからって理由を付ける(下手したら無理矢理にでも)けど、自分の側にはホントに原因ない?

本来、どっちが先に歩み寄ってもいいはず。

子供の喧嘩だって、お互いに正しいからぶつかってる。

今の世界は子供の喧嘩の域を出てないとも言えるんでない?

 

夢のくだりで、

今の日本(を含む先進国)でしか存在しないような

って書いたけど、社会の一部にしか無いものは奪い合いを疑った方がいい。

分かち合いだったら、世界のどこにいても、時代がいつでも、成り立つはずだから。

 

良く言われることだけと、

豊かになったと言うけれど、何が豊かになったの?

 

でももう、皆気付ける。

ずっと前から気づき始めてる人もいて、ボクも最近やっと入り口に立った気がするだけだけど。

 

きっとこれから、みぃ~んなが気付ける。

今、皆が必死に守ろうとしてるものを手放さないといけないかもだけどね(笑)

でも、守ろうって気持ちの根っこにあるのが欲望だったら、結局自分に苦しみとして返ってくる。うん、今も返ってきてる。

 

それでも、いつかは皆で気付ける。

そんな社会がやってくる。

その理想を追うこと。

それをボクは、死ぬまでやめない。

坂元 修一(シュウ)
坂元 修一(シュウ)
なるべくお金を使わない生活を実践中

令和2年7月現在は田んぼに夢中である

comments powered by Disqus
次へ
前へ